
メッセージ
永遠のいのちへの水
07/09/18
イエス・キリストは言われました。「この水を飲む者はだれでも乾きます。しかし、私が与える水を飲む者はだれでも決して乾くことはありません。私が与える水は、その人の内で泉となり永遠のいのちへの水が湧き出ます。」私が与える水を飲むとは、イエス様を救い主と信じることです。聖書を見れば創造主なる神から離れすべての人は滅びるものとなったのです。その罪から救うために御子がこの世界に来てくださり、十字架で身代わりに死んでくださったのです。このイエス様を信じて歩むとき渇きが満たされ、永遠の命をいただいて力強く歩むことができるのです。ぜひ教会においで下さい。あなたを心から歓迎します。
神様の愛に生きる
06/09/18
私は教会の働きのため電車を使います。つり革につかまっていると席に掛けていた若い青年が立ち上がって「どうぞ」と言われると、驚きと共に嬉しくなります。声を掛けてくださった人の温かい愛は心をなごませます。人ごみの中での他人の親切は、小さくとも嬉しいものです。それはその人の愛を感じられるからでしょう。愛されることが嬉しいからでしょう。今の世の中は、愛が姿を消してしまったかと思われるほどに「金」や「物」が人々の関心を奪っています。そしていじめによる自殺、青年、老人、婦人の殺人、強盗事件等、毎日心を暗くしてしまうことでいっぱいです。しかし、このような世の中でも神の愛は輝いているのです。全てを創造し万物を御手に治めておられる天の父なる神は、私たちを愛しておられます。この愛なる神は、イエス・キリストというひとり子の神を送って、私たちを救おうと私たちの悪い心の罪のために十字架に架け、よみがえらせてくださいました。命がけの愛を持って愛してくださっています。私も兄に誘われて教会に集うようになり真の愛を知りました。今日まで42年間、真の神様はどのような時にも、愛を持って私を導いてくださいました。ぜひ教会においでください。あなたを心から歓迎します。
母の日の起源
05/12/18
「子は親の背中を見て育つ」とも、言われています。毎年5月の第ニ日曜日は「母の日」が祝われています。母の日の始まりは、今から約110年前の1908年アメリカのバージニヤ州のウエブスター市のある教会から始まりました。その教会のひとりの娘さんが、自分のなき母親をしのんで、一束のカーネーションを持って、教会の講壇をきれいに飾った時から起こったと言われています。そして日本でも、この5月の第二の日曜日を「母の日」として母を賜った神に感謝し、また、母である方は、いっそう母としての心得を学ぶ時としています。ぜひ第二の日曜日は教会の礼拝に集い、母を与えてくださった神に心から感謝し母の日の記念の礼拝に参加しましょう。どなたでも出席できます。ぜひおいでください。
イエス・キリストの復活
04/07/18
イエス・キリスト言葉です。人は死ぬとすべてが無になるのではありません。そこには、永遠に消えることのない罪の呵責と地獄の火の苦しみがあるのです。しかし、キリストによって罪が赦された人は、すでに罪の審判から免除されています。「さばきずみ」として安息があるのです。そしてクリスチャンの死には希望があります。死んで終わらないもの、死んでもまた復活するという大きな希望があるのです。その証明がイエス・キリストの復活なのです。キリストは十字架で死なれましたが、三日目に復活されました。キリスト様は、初穂としてよみがえられたのです。イエス・キリストの復活は、私たちがキリストのように復活するサンプルであり、保証でもありました。クリスチャンは復活するのです。これはなんという大きな希望ではないでしょうか。墓のかなたに天国があり、栄光の朝があるのです。ぜひ教会においでください。心より歓迎いたします。
